自分自身に高すぎる基準を課すから、いつまでも自分を認められない

失望 未分類

僕は、自己理解をするようになってから他人と自分は大きく異なる人間だと理解できるようになってきました。

でも、まだ乗り越えないといけない大きな壁があることに最近気づきました。

タイトルにも書いた通りなのですが、その大きな壁とは自分自身に高すぎる基準を課してしまっていることです。

今までの人生を振り返った時に、僕は他人や社会からの期待に影響を受けて自分の行動を変化させている印象を持ちました。

その影響で、理想の自分と現状の自分にギャップが生じてしまい、自分を認めることができていません。

「みんな頑張っているから自分も頑張らないと!」「あの人に追いつくためにもっと頑張らないと!」と気ばっかり焦り失敗しました。

本記事では、同じような経験をお持ちの方に高すぎる基準を課すことの危険性について実体験を通じて書いていこうと思います。

どうやって自分の高すぎる基準に気づいたのか

まず、そもそも僕自身どうやって自分自身に高すぎる基準を課していることに気づいたかをお伝えしたいと思います。

ざっくり言ってしまうと以下の2つです。

  • 本を読む
  • 今までの経験の振り返り

自分に高すぎる基準を課していることに最初の気づいたきっかけは本を読んだことでした。

どんな本を読んだかと言いますと、鈍感な世界に生きる 敏感な人たちという本です。

この本を読んで、僕は他人や社会の期待のために無駄に自分を大きく見せたり、偽っていたかもしれないと気づきました。

そして、この行為を繰り返し行ってきたからいつまで経っても自分に納得できなかったり、不満を抱いていたかもしれないと感じるようになりました。(この時はまだ仮説の状態です)

本を読んで仮説を見つけた後に行ったのが、今までの経験の振り返りになります。

まず、過去の経験の中で自分が焦っていた時や何か上手くいかない時、失敗した時を洗い出しました。

その後に、それぞれ自分がどんな状況だったかを振り返りました。

僕の場合、焦っていた時は「周りの人達に比べて仕事のペースが遅い時」でした。

周りの人の仕事スピードに追いつかなくてはいけないと思い、効率的に仕事を進める方法を調べたり仕事関連の勉強をしてきましたが、焦りながらやっているので記憶することができず実践にも活かすことができませんでした。

そして、成長できない自分に失望していました。

この状況では、自分の理想が周りの人達と同じスピードで仕事ができることになっており、それに到達できない現状の自分に対するギャップがあることで自分を認めることができませんでした。(できない自分に価値はない状態)

このような形で、上手くいかない時や失敗した時も同様に振り返りを行ったことで、僕は自分自身に高すぎる基準を他人や社会の期待から課していることに気づくことができました。

実は、振り返りをしてもう一つ気づきがありました。

それは、自分の得意なやり方で仕事をするべきということです。

先ほどの仕事のペースが遅い時の話なのですが、仕事のペースを上げるために行っていた勉強方法が自分に合っていなかったことが判明したのです。

当時の勉強方法は本をひたすら多く読むことだったのですが、僕に合った勉強方法は内容を一度自分の中で咀嚼することです。

時間をかけて自分の言葉に直してようやく理解することができるタイプなので、多くの本をただひたすら読んでしまうと、理解する前に新しい情報が入ってしまい過去の情報が消えてしまいます。

この気づきもあったので、今では自分に合った勉強方法で学習を進めることができています。

ちょっと本編と関係のない話をしてしまいましたが、本を読んで過去の経験を振り返ることで、自分自身に高すぎる基準を課していることに気づくことができました。

次の章では、僕がどんな高すぎる基準を課していたかを紹介していきたいと思います。

どんな高すぎる基準を課していたか

この章では僕が課していた高すぎる基準について紹介したいと思います。

僕個人の基準なので、人によって「こんなの全然高い基準じゃないよ!」と思われるかもしれませんが、そこはご愛敬いただければと思います。(基準は人によってまちまちなので。笑)

僕が直近で課している基準はこちらです。

  • 仕事は完璧にこなさなければならない
  • 周りの会話についていかなければならない

もしかしたら、完璧主義で周りの人に優しく責任感のある方は上記の2つの項目に当てはまるかなと思います。

いわゆる真面目な方ですね。

僕の場合は、2つしか基準を課してはいなかったのですが、この2つが自分自身を苦しめていると感じます。

次の章では、自分自身に高すぎる基準を課すことのデメリットについて上記2つの基準を元に書いていきます。

自分自身に高すぎる基準を課すことのデメリット

まず1つ目の「仕事は完璧にこなさなければならない」ですが、こちらは仕事全般に適用される基準です。

先ほども記述しましたが、僕は他人や社会の期待に合わせて自分の理想像を作っていたので、スピードを求められる仕事であれば仕事のスピードが遅い自分を認めることはできない。

精度が求められる仕事であれば完璧な成果物を作成できない自分を認めることができない。という形で周りの環境に合わせて自分の理想像をコロコロ変えてしまっていました。

その結果、僕は仕事をしている自分に全然納得できない状態になってしまい、成果物を納品し仕事が完了した時も達成感を感じることができなくなってしまいました。(理想通り仕事ができなかったと感じてしまう)

2つ目の「周りの会話についていかなければならない」は、あらゆる人間関係に適用される基準です。

僕は子供の時から、興味ない話を聞いている時に周りに合わせて興味あるフリをしたり、知っている風を装ったりしていました。

なぜそんなことをするかと言うと、1人ぼっちになりたくないからですね。

僕は子供の時から、話題についていかないと集団から外されてしまうことを直感していました。

だから興味ないことを頑張って調べたり、興味あるフリをしたりして集団から外されないように振る舞っていました。

その結果、周りの流行に合わせられないと自分を認められなくなってしまい、納得のいく自分になるために流行に左右される状態になっていました。

それだけではなく、周りに合わせているだけなので今やっていることが周りから見たら良いのか悪いのかを比較するようになってしまいました。

そして何より目の前の行動を全然楽しめない

まとめると以下のデメリットがありました。

  • 達成感を味わえない
  • 目の前のことを楽しめない
  • いつも周りを気にしてしまい、余裕がない
  • 他人の言葉や行動が気になる

次の章では、自分を認められないとどうなるのか書いていきたいと思います。

自分を認められないとどうなるか

自分を認められない状態は、自己肯定感が低い状態と言えると思います。

自己肯定感は、どれだけ自分を自分で認めているかによって自己肯定感が高いのか低いのかを判断できます。

他人からの評価ではなく自分からの評価ですね。

では、自己肯定感が低いとどうなるのか?

個人的な感覚では、以下の3つが当てはまります。

  • ダメな所に目が行きがち
  • もっと頑張らないといけない
  • 頑張っても意味がない

自分の中での理想像と全く同じことができることはかなり難しいと思うのですが、理想の自分と違うからダメな所を見つけてしまいます。

そして、ダメな所を直すためにもっと頑張らないといけないと思い、がむしゃらに行動を起こしていく。

そして、行動を起こしても目に見えて成果が出ないと、どうせこれ以上頑張っても無意味だと諦めてしまう。

僕の場合は、やり方が間違っていたのと成果を早く求めすぎたことが大きな原因だと反省しています。

なので、この記事を執筆している時も「少しずつ進めていく」と前提を定めてから執筆を始めています。

せっかく頑張ってきていても諦めてしまったら全て無駄になってしまいますからね。

ということで、自己肯定感が低いとどうなるのかを個人的な視点で書いていきましたが、今回書いた内容が自己肯定感の低い人の全員に当てはまることではないと思っております。

ただ、同じような感覚を持っている人に、まずは自分で自分のことを認められていない状態だということを自覚して欲しいと思っております。

自分がどんな状態なのかを知ることが改善への第一歩なので。

まとめ

本記事では、自分自身に高すぎる基準を課すことの危険性を実体験を通じて書いていきました。

まだ僕自身、この高い壁を乗り越えられていないので、対策や解決策については書くことはできません。

もし、僕が壁を乗り越えることができたら再び実体験を通じて対策や解決策の記事を執筆していきたいと思います。

僕は、他人や社会の期待に応えようとして悪い結果になった経験がありますが、期待に応えること自体は素晴らしいことだと思います。

でも、自分を犠牲にしてまで応えることなのか?

これをよく考えて自分の行動を決めていきたいと思うと同時に、皆さんにも考えて行動を選択して欲しいと思います。

最後までご覧いただきありがとうございます!